2009年12月11日 (金)

オリンピックは深い

6年生の歴史。戦後の日本の学習です。

東京書籍の教科書では、単元の最初のページに2枚の写真が載っています。左側は「学徒動員」の写真。右側は「東京オリンピック」の開会式の写真です。

ここでの発問。「この2枚の写真を比べて、日本がどのように変わったのか読み取りましょう。」

書き方はこれまでもずっとやってきた通り。まず、気づいたことを書いて、そこからどんなことが考えられるか、という書き方です。

「左は銃を持っている。右は持っていない。→戦争がなくなり平和になった。」といった感じです。

単純なのですが、この2枚の写真の比較は実に深い。

「世界中の人が来ている。→日本が世界の国に平和な国だと認められた。」

「施設が立派になっている。→建てられるようになるほど経済がよくなった。(景気が良くなった、と書いている子もいました。)」

「みんな(観客)それぞれ服装が違う。→いろいろ自由になった。」

「左は男の人だけだが、右は女の人も行進している。→男女が平等になった。」

「オリンピックをしている。→来る人のために空港など交通も整備された。そのための設備も建てられた。→それぐらい経済が復活した。」

「電光掲示板などがある。→技術が進歩した。」

などなど、戦後の日本が短期間に復興したことが読み取れるのです。

ここまで読み取れたのも、これまでの積み重ね。

「授業は布石の連続である。」

これは、尊敬する有田和正先生の言葉。今回、すごく実感しました。

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2009年12月 9日 (水)

CMその2

昨日の続きです。今日は誇大広告について。

某携帯会社の「通話料、メール0円」のCMを使いました。

『これは、問題になったCMです。どこが問題なのか、考えてください。』

2回見せます。その後、近くの子とトーク。

「歩きながら電話している。」なんて迷答もありましたが、大体の子供は「0円はうそ」「0円は同じ携帯のときだけ。」って気づいていました。ほぼ正解です。

でも、微妙に違います。

問題なのは、その注釈をすごく小さい文字で書いているということです。これをスライドで見せました。

『こういう広告があったらどうなりますか?』

「まどわされる。」「どんなときも0円だと思いこんでしまう。」

『そうですね。この後、このCMが問題になり、この会社はこのCMをやめました。』と、新聞記事を提示。

『このようにCMなどの広告が正しく伝えているかどうかを、監視しているところもあるのです。』

ここで、JARO(日本広告審査機構)のCMを見せました。

『よくさあ、ダイエットの広告とかで、え?ホント?とかいうのあるでしょ!』あるある、と子供たち。

と、いうことでCMも「必ずしも正しいとは限らない。」とまとめです。

ネットの動画を見せられるシステムって便利。

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2009年12月 8日 (火)

CM

今日は6年生がインフルで学級閉鎖だったので、5年生の社会1時間だけでした。昨日も1日授業がなかったんで久々の授業でした。

さて、情報の学習。今日はCM。

『昨日、CMを何本見ましたか?』「??!」

わかるはずがない。数えきれないぐらいのCMを見ていますから。一人当たり1カ月に5300本ぐらいのCMを見ているそうです。

『CMは何のためにあるのですか?』

意外に知らないんですね。しばし悩んでいました。

「カメラの人が休むため」なんて、ウケをねらった答えもありましたが、すぐに気がつきました。「宣伝をして、買ってもらうため。」

『CMは、商品などを印象付けて買ってもらうようにするためにあるんですね。』

ここで、テレビだけでなく新聞や雑誌にもあることを補足。

『じゃあ、これからあるCMを見せます。知ってるかな?』

見せたのはトヨタの「こども店長」です。

「ああー!!知ってる!」たくさんの子供が笑顔の反応。みんな知ってました。

『なぜ、覚えているのでしょう?』

ここで、考えを書きます。

ほとんどの子が、

「おもしろいから。」「わかりやすいから。」「エコカー減税を食べ物に例えているから。」

と書いていました。

『それだけですか?』

ここで、フリートーク。そのうちに、

「今人気のあるタレントを使っているから。(清史郎くんがかわいいから!)」「音楽が楽しいから。」「子供でもわかりやすい、ということを表しているから。」

ということに気づきました。

でもねえ、どんなCMでもいいの?

というところで、JARO(日本広告審査機構)のCMを出そうと思ったら、あらら、時間切れ。そうでした。今日は短縮授業だった(40分授業)。

続きは明日に…。

ちなみに、以前は「日産デュアリス」のCMを使ったことがあります。あれの場合は「このCMは、この車のどんなよさを表していると思いますか?」でした。これも面白いです。

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2009年12月 1日 (火)

あの戦争は歴史になっているのか

6年生の社会科。第2次世界大戦の単元です。

前に書いたように「焼き場に立つ少年」の写真を導入にして、当時の人々の生活について学習しています。その際に、戦争体験者の聞きとりを宿題にしていました。当時何歳だったか、食べ物は、衣服は、学校での生活は、当時の夢は、などを聞いてくるものです。子供たちのおじいさん・おばあさんの年代でも戦後生まれが多くなってきていますから、どうかなと思いましたが、8割の子供が調べてきました。先週はそれを屋台形式で発表して、交流。今日はビデオや資料から調べました。

子供たちは戦争の悲惨さ、苦しさを知り、平和の大切さに改めて気付いたようでした。

で、このあとなのですが…。

今になっても、どうしたらいいか迷っています。

何を学んでほしいのか、自分が何を教えたいのか、はっきりさせられません。

戦争の悲惨さはわかります。しかし、単純な戦争反対にはさせたくないです。

というのも、いまだに世界中のどこかで戦争が行われている事実。誰もが戦争を望んでいるはずもないのになくならない。それはなぜか。主義・主張の対立からです。

2次大戦だって、日本は敗戦国だから一方的に裁かれました。でも、それって本当に正しかったことなのでしょうか。東京裁判では、判事はすべて戦勝国から。それで公正に裁かれたと言えるのか。

実際のところ、インドのパール判事は日本の無罪を主張しました。

日本が植民地にした国は確かに苦痛を味わった。しかし、インフラ整備を日本が行ったことで生活がよくなった事実もある。

現在の世界はアメリカ主導で動いています。アメリカでは、原爆投下すら正当化する世論が強いです。しかし、被爆者の実態をしったアメリカ人は本当にひどいことをしたということに苛まれている人もいるのです。

事実がすべて明らかに世界に伝わっているのか?

戦争体験者がまだ生きていて、事実がすべて検証されていない今、「あの戦争は歴史になっていないんじゃないか。」そんな思いがあります。

教科書にあることを教えるたって、検定で中国や韓国に批判されないような内容にしているのでは、果たして確かなものなのか。

悩んでいます。

結局のところ、政府や教科書作成者や私というフィルターを通した史実しかない戦争学習になってしまいそうです。

わからん、わからん…。

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2009年11月27日 (金)

ニュース番組すごろく

5年生の社会科です。テレビ局の仕事についての学習。どんな仕事をしているのか?どうやって番組を作るのか?って普通に調べてもいいのですが、どうせならおもしろくやっちゃおう!

で、今日の実践は「ニュース番組すごろくを作ろう!」です。

要は、ニュース番組ができるまでをすごろくにするだけのこと。

でも、子供たちはすごく楽しそうに取り組んでいます。

テレビ局がふりだし。取材に行きます。でも、そこはすごろく。その次に「取材が失敗して3マス戻る」とか作っちゃってます。その他にも、途中でアナウンサーコースとキャスターコースに分かれるように作ったり、ニュースによって事件・事故・スポーツなんて分かれたりしています。

子供のアイディアってすごい。

これを全体に広めるには、私のオーバーアクションが不可欠。

「あ、これ、すんごくおもしろい!なるほどねえ、こう作ると仕事がよく分かるね!すごいすごい!」なんて言おうもんなら、すぐにその子の近くに「見せて、見せて。」と集まってきます。

この素直さと、すぐに取り入れようとする貪欲さが、このクラスの「うり」ですね。素晴らしい。

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2009年11月26日 (木)

ノート見学の効用

6年生の社会科。日中戦争・太平洋戦争を扱う単元です。

昨年から、この単元の導入は「焼き場に立つ少年」の写真の読み取りから行っています。子供たちに戦争の悲惨さを知らせることができるし、読み取る内容が多いという点から採用しています。

この写真からはたくさんのことが読み取れます。

子供が幼児を背負っている。→母親がいないのか。→戦争で死んでしまったのか。

何かを見つめている。→焼けた家を見つめているのではないか。→死んでしまった人達を見つめているのではないか。

裸足である。→物資がなかったのではないか。→逃げている途中に脱げてしまったのか。

ある程度読み取ってから、ノート見学。ノート見学というのは、机の上に広げたノートを勝手に見て回るというもの。これは、北海道の石川晋さんから教わったものです。

ここで、子供たちは他の人の考えを見て回ります。これの前に餌をまいておきました。それは、各自読み取ってノートに書いている最中に、「あ、○○○くん、すごくいいこと書いたねえ!!」と言っておくのです。これで、子供たちの関心が一気に高まります。「なんて書いたんだろう…。」って。

当然、ノート見学ではその子のノートに黒山の人だかりが出来上がります。読み取ってほしい内容をみんなが共有するのです。

その後、指示を出さなくても自分の席に帰ってから友達の意見をどんどん書いていきます。自分の意見のように。

発表のときに、出された意見を取り上げて「これ、書いた人!」というとほとんどのこの手が挙がります。当たり前です。見て書いたんだから。でも、子供にそんな意識はあまりありません。結構満足しています。

これによって、授業への参加率が一気に高まるのです。

こういう子供同士の関わり合いって授業にはとても大切ですね。

写真の読み取りをしてから、この写真の説明を読みます。毎回、しんとして聞いています。何とも言えない重苦しさが教室中に漂います。これが、戦争の悲惨さです。

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2009年11月20日 (金)

TV局の仕事

5年生の社会科。「情報と私たちの生活」の単元です。

まずは、ニュースを知るにはどんな方法があるかを話し合いました。

テレビ、新聞、インターネット、ラジオ、人に聞く(?)、電光掲示板、雑誌などなどが出されました。

この中で一番子供が利用しているのは?

ほとんどの子供がテレビに挙手。

そこで、テレビ局の仕事に注目。

普通に調べてもいいのですが、そこはほら、虫が騒ぐ。

「ニュース番組をつくることになりました。何が必要ですか?何をすればいいですか?」と発問。

考える考える。相談も始めます。

「カメラとか必要だよね。」「何をニュースにするか、決める話し合いがいるね。」「アナウンサーとかキャスターとか。」「アナウンサーとキャスターって違うの?」「キャスターって意見を言う人じゃない?」「あ、ほら、桜井翔とかやってるじゃん。」

どんどん話が進み、ノートにはたくさん書き込みが増えていきます。

うん、この方がただ調べるよりも、子供たちの思考が発揮されて面白い。

ここまで行くと、指示されなくても教科書や資料集を読み始めます。

「先生!この(写真を指して)テーブルとかってあるの?」これって最初からあるの?「ああ、買うか作るかだね。」「んじゃあ、作る人。いるよね。」

たくさんの人や物が必要なことに気づいていきます。さらに、

「CM、いるんじゃない?」「なんで。」「この間に、少し休んだり。(笑)」「えーそうなの?」

ほほう、CMにまで行ったか。ここから、CM料で運営されているとか気づくといいなあ。

実に面白い。この続きは次回です。

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2009年11月18日 (水)

楽しいだけでは学習問題じゃない

なんかずっと引っかかっていたことです。

よく社会科では「子供の興味関心を引き出し、学習問題を設定する」という人が多いです。

これはある意味正しいです。だって、意欲がわかない学習問題を追究するのって酷ですからね。

でも、子供が興味関心をもてば何でもいいってわけじゃない。子供が楽しければ、追究意欲が喚起できればいいってわけじゃない。

「さあ、奈良の大仏について調べましょう!」

なんて、耳触りはいいですが子供たちは

「奈良の大仏の頭に付いているものは何?」「大仏のポーズにはどんな意味があるの?」なんてことを出してきます。

その疑問を追究して、単元のねらいが達成されるのか?

答えはNO。

深く考えさせることはできませんなあ。

「奈良の大仏を何のために作ったのか?」「大仏を作ったことで、人々は救われたのか?」

の方が、いいです。

結局、子供たちの興味関心にまかせちゃったら、無駄に時間を使いかねません。時間に余裕があるのならいいですが、以前に比べて社会科の時数は少ないです。

一番いいのは、子供の興味関心を単元のねらいに向けること。

でもねえ、いつもいつも毎回の授業でそうできるとは限りません。

むしろ、教師が質の高い学習問題を提示しちゃう方が手っ取り早い。

子供の興味関心が向くようなやつね。

最近はそうしています。専科だし、時間の捻出はできませんからね。

それでも、担当しているクラスの子供たちは新しい見方や考え方を知って喜んでますけど。

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2009年10月23日 (金)

工場はどこに建てる?

一部の人はご存じの私のネタです。架空の都市に工場を建てるという学習です。

「あなたは、自動車会社『タヨト』の社長です。会社がうまくいくようにするには工場をどこに建てますか?」

地図にはエリアが示してあり、そのうちのどこかを選びます。そしてなぜそこを選んだのかを話し合います。

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エリアのバリエーションは、山地や住宅街や海沿い、バイパスのそば、鉄道の駅があるところ、などが複合的に含まれています。

始まってすぐに、「先生、これ、話し合っていいですか?」自然発生的に近くの子供たちと話し合いが始まりました。望むところじゃん。本当は自分の意見を書いてから、と思っていましたが、これまで、自分の意見を書いた時はいつもフリートークをしていたことが布石になっていました。

「ここだと、輸出しやすいでしょ。」「こんなところに建てたら、工場の音がうるさいでしょ。」などという会話が聞かれる。すごい喧噪。

その後、全体で話し合い。これが盛り上がった。一人話すと、一人反論。それに対してさらに反論。どんどん全体が巻き込まれていく。資料集を持ち出して「いいですか!みんな、資料集の38ページを開いて!この写真には港がありません!だから、Fエリアでなくてもいいんです!」って発言する子供も。

今日の話し合いは、これまでの授業で培ってきた技能が発揮されたなあ、と感じています。

「授業は布石の連続。」これは有田和正先生が言った言葉。まさに、そのとおりです。

結論的には、工場を建てる上で必要なことは

平地であること・輸送手段があること・働く人がたくさんいること、であるとまとめ、その条件に合っているところに建てると結論付けました。

次は、この条件に合っている場所はどこか?と実際の工業地帯・地域の分布に迫ります。

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2009年10月22日 (木)

まずは、友達の意見から

今日も、ノート指導の話。

前回、あまりメモを取らない子供への対策をどうするかという記事を書きました。それに対する一つの策をとってみました。

それは、「まず、友達の意見を書きましょう。」ということです。授業での発言を書いていくということです。

「ああ、いい発言ですね。これ、書いておきましょう。」というだけです。

単純なことですが、意外にこれが効きました。

教師の話を書くのは、実は難しいことだったんですね。いろんなことをしゃべりますからね。だから、ポイントをしぼればいい。

その一つとして、他人の意見を書くのです。

さらに、ちょっと進化させて「今の、~くんの発言にいい言葉がありました。何だかわかりますか?」と問いかけ、「~のところだと思います。」「そうですねえ!この言い方がいいですね!」と言うと、ここがポイントだと気づくのです。

ノートをチェックしたところ、9割の子供がここに反応できていました。

そうか、わからない子にはポイントをしぼればいいんだ。

いつも書いている子供は、そこから疑問を書いたり、感想を書いたりしています。

だんだん洗練されてきています。

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