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2011年4月

2011年4月25日 (月)

男をあげてくれ

本当に最近の政局は目を覆うばかりだ。

こんな状況であるにもかかわらず、相変わらず猿山のボスを争っている。

こきおろすよりも協力の姿勢だろ。総理の責任問題ばかり論じている場合じゃない。超党派で協力できるような政治家はいないのか。男をあげるような政治家はいないのか。

こんなときだからこそ、日頃の確執もかまわず日本全体で何とかするのが政治家だろ。

菅首相がどうだとか、そんな問題じゃない。総力を結集してみろよ。底力を見せてみろよ。

男がいない。

こんなんじゃ日本の力は信じられないよ。

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実質スタート

今日から、実質的な新学期スタートです。

ですが、いろいろと難題がありながらのスタートであることは言うまでもありません。

朝は通学路を変更し、できるだけ安全なところを通らせました。新1年生は保護者の付き添いを原則としました。私たちは危険個所に立ち安全確保に努めました。

水道は出ますが、まだ飲める状態ではないので手を洗うだけ。各クラスに除菌のためのウエットティッシュを配り、衛生管理に努めました。あ、マスクも配布です。飲料水はミネラルウォーター。

二日前に簡易給食(パンと牛乳のみ)の提供が決まり、4時間目の終わりに配布。その後下校。4月中は4時間で帰ります。

私は、それらの世話をしながら変更された年間計画とそれに伴う時数の変更、カリキュラムの見直しなど、ずっとパソコンに向かいっぱなし。

でも、こうやって電気がきたので仕事ができます。避難所の世話も行政の方に完全に任せられるようになったので自分の仕事に専念できました。

 

同じ市内でも被災状況によって差があります。すでに例年のように本格的に始まっている学校もありますし、未だに教室が空かず(避難所のため)授業が始まっていないところもあります。その中では、うちの学校はまだいい方かもしれません。全く見通しが立っていないところも少なくないのです。

震災から1カ月半。

普通に営業するスーパーも増え、また飲食店も(飲み屋も)開き始めました。これも地域差が大きいですね。私が住んでいるところは比較的被害が少なかったので、近隣は今までとあまり変わらないようになってきました。

昨日、専修大のそばを通ったら自衛隊の車やテント、全国から来た消防車が見えました。ああ、こうしたみなさんも故郷を離れ私たちのために働いてくれているんだ。ありがたい。みなさんの力で石巻も少しずつ元に戻っている。

少しずつ、少しずつ、焦らず、焦らず。

困難を乗り越えていこう。

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2011年4月21日 (木)

御礼

ようやく学校が再開しました。今日は着任式と始業式。避難所にまだ30名ほどの方がいらっしゃいますが、1階の空き教室に移っていただき2・3階の教室を使っての再開です。

今日の日を迎えるために、いろいろと大変なこともありました。一番は各役所との調整です。電気は水道はトイレは通学路は…。学用品や新1年生の配布物品の調達もありました。

教員の疲弊が大きいので、勤務時間も短縮しながら準備してきました。

久々に子供たちの声が校舎に響き渡りました。

いやいや元気元気。担任発表の時なんかは例年以上にざわついたかな。

 

とりあえず、新年度スタートです。私は今年も教務主任です。

「佐々木先生には5・6年の社会を受け持ってもらいます。」という発表のとき、新6年生から「やった!」「よっしゃ!」と声があがったのがうれしかった。

 

ブログの方も、徐々に通常モードにしていきたいです。

これまでたくさんの方にコメントをもらっていましたが、返信できずにいました。すみませんでした。

かつのりさん、教え子あやか、池田修さん、tnkさん、katokyonさん、おとべさん、湯梨っ子さん、みなかわさん、片野さん、マックマンさん、horitchさん、あべたかさん、中村健一さん、ぴーなっつさん、飯村さん、サトマサさん、晋さん、SAMURAIさん、白倉さん、こはるさん、猪又さん、西条さん、教え子亮平くん、

みなさんに元気と勇気をもらいました。まとめての御礼で申し訳ありませんが、本当に本当に感謝しております。

町には今もがれきが積み上げられ余震におびえる毎日ですが、少しずつ石巻は通常に戻ろうと頑張っております。私は子供たちの平穏な生活のために尽力しております。

みなさんも新年度がスタートし、忙しい日々をお過ごしのことでしょう。どうか、ご自愛ください。体を大切にしてください。被災地に住む我々は皆さんからの応援を胸に頑張ります。

私は大丈夫です。

私は生きています。

私は生活しています。

そして、私は乗り越えていきます。

 

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2011年4月19日 (火)

日常にもどりつつある

学校にようやく電気が来ました。これまで不眠不休で復旧活動を行ってきた皆さんに感謝します。

電気が来たことで、私の家での仕事も学校でできるようになりました。何といっても、パソコンとプリンタが使えるのが大きいです。今日は、23年度のカリキュラムをプリントアウトしました。ようやくです。指導要領が完全実施となり、教科書も変わるので全面改訂です。作ってきたファイルをようやく担任の先生方に渡せます。

しかし、水道は1階のみ。トイレは仮設トイレだけ。

とても学校を再開できる状況ではありません。

しかし、やるのです。

21日の始業式、22日の入学式に向けて準備をしなければなりません。

うちの学校はたまたま1階に避難所を移したので、2階3階を使えます。ですが、市内の学校では避難している方の人数が多過ぎて、教室が確保できていないところもあります。一律に始めるのは難しいです。

とにかく、いろいろな情報が交錯しています。朝の話が昼には変わっている。そんなのは普通です。そんな中で学校を始めなければならないのです。

 

そんな中でも、ボランティアのみなさんの協力で教室の机椅子の移動や、体育館の清掃は着々と進んでいます。本当にありがたいです。ボランティアの皆さんはモチベーションも高く、とにかく作業が早い。疲弊している教職員にとっては本当にありがたいです。

学用品の支援物資もたくさん届いています。他の地域で品薄になっていないかと心配するほどです。

 

でも、うちの学校はまだいい。津波で損壊して校舎が使えず間借りする学校や、避難所にたくさんの人がいるためにもめているところもあるのです。

 

私はといえば、家でも学校でも肉体労働で、自転車通勤で疲労は大きいです。

でも、少しずつ日常に戻ってきています。こうしてブログが書けているだけまだましです。そんな日常にまったく近づけない人々がたくさんいるのです。家がない人、仕事がない人がいるのです。

物資はもう大丈夫です。みなさんのおかげで十分です。今後は、宮城の、東北の産業が復興できるようにご協力ください。

笹かまぼこを買ってください。

観光地に来てください。

需要を増やしてください。

お願いします。

 

と、気がついたら

雪が降ってます。

神様はいじわるだね。

天国の芳樹に文句言ってもらおう。

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2011年4月13日 (水)

苛立ち しかし戒め

学校の始業式が21日に迫っている。

しかし、わが校は電気も水道もトイレも復旧できていない。

学校の電気や水道は普通の民家とは違い、特殊な設備なためだ。

仕事に必要なパソコン、プリンタ、印刷機はおろか電灯さえつかない。

だが、避難者の皆さんも教室にまだいる。

こんな中で、学校の開始を迫られている。

通学路にはがれきや被災した車や民家の不要物品が積み上げられ、とても安全に通れないのでないかと思う状態だ。

 

そんな中でもみんなで知恵を出し合って復旧に尽力している。

ボランティアや地域の人々の手助けによって、1階の泥を出す作業は終わった。

校庭の泥も、自衛隊と米軍の人々の手によって見違えるようになった。

 

市内でも被災が大きい学校は、被災が少ない学校に間借りすることになっている。

しかし、わが校のように中途半端に被災している学校は、今ある状況、現状を打開するしかない。

 

「被災地では何が欲しいですか?」

よく訊かれる。

物資(食品や生活物資)よりやはり、人手。作業する人手。

それから、設備を回復するための物資。(建築材などは本当に不足しているらしい。)

 

それでも、学校に泊まることは減ってきたし、避難民の世話も行政に任せられるようになった。

あと、少し。

電気がないので自分の作業は家のPCで行うしかない。夜の作業が多い。

印刷は隣の被災の少なかった学校で行っている。明日の職員会議の資料もそこで行った。

 

確かに大変だが、生きているだけいい。

自分は生きていて、教員をしている。

仕事があって、給料をもらえる保障があるだけいい。

家があるだけいい。

家も仕事もない人たちがたくさんいるのだ。

命を落としてしまった人もいるのだ。

何かがそろわないだけで不平不満を言っていられない。

自分が精いっぱいできることを全力でやるだけだ。

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2011年4月 6日 (水)

小さな幸せを積み重ねる

震災から1カ月が過ぎようとしている。

あまりにも大きな変化に肉体的にも精神的も大きなダメージを受けているが、不平や不満を言ってばかりもいられない。

みんな大変なんだ。

少しずつ、小さな幸せを見つけてそれを積み重ねていけば、きっと日常に戻れる。

 

昨日、芳樹先生の火葬に東北青年塾の仲間、高橋章さん、高畠さん、増川さんが参列してくれた。被災している私たちの代わりに青年塾を代表して行ってくれたのだ。ものすごく感謝している。こんな仲間がいることに感謝する。

私のブログにたくさんの人たちが心配のコメントをくださる。本当に感謝している。ありがたい。明日への活力をもらえる。

先日は、避難所で急激に容体が悪くなり、私たちが遠くの救急車まで担架で運んだ方が、わざわざお礼に来てくれた。十二指腸に穴があいていて、大学病院でICUに入っていて、おととい退院したばかりだというのに、「先生たちに、お礼を言わなければならないと思って来ました。」と言ってくれた。

確かに私がいる地域は被災して大変な状態だが、こんな風に小さな幸せを味わえている。そんな小さな幸せを積み重ねていけば、きっとこれまで以上にいい社会を築けていけるのではないか、そんなことを感じている。

うちの学校は、いまだに電気も水道もない。校舎の1階は泥だらけだ。毎日の肉体労働と大切な後輩を失った悲しみで、私はぼろぼろだ。

しかし、ここで頑張らなきゃ俺じゃない。

絶対、子供たちを、みんなを、幸せにしてやる。

絶対に、絶対にだ。

そうでなければ、志半ばに死んでいった人たちに顔向けできない。

生きている俺たちが、生きて、生きて、生き抜いていき

幸せになるんだ。

そうすることが、はなむけになる。

そう信じている。

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2011年4月 1日 (金)

最後までよくがんばったね

私の元同僚で東北青年塾のメンバーだった佐々木芳樹さんが遺体で発見されました。

ずっと行方不明のままで、とても心配していました。でも、きっと彼のことだから何とか生き延びて、いつもの照れくさそうな笑顔を浮かべながら「連絡が取れなくてすみませんでした。」なんて言うんだろうな、と奇跡を祈っていました。

 

昨日、宮城県警のHPで名前を見つけました。

どうしようもない喪失感と悲しみが襲ってきました。

 

今日、彼に自宅に行きました。

行くまですごく怖かった。

彼の家が近付くにつれ、自分の心臓の鼓動が高まってくるのがわかりました。

 

彼のご両親が迎えてくれました。

ご両親は気丈にいろいろと話してくれました。

「本当に何でも一生懸命でした。あんまり頑張り過ぎたんですね。」

「自分の子供が助かってほしいと思う反面、息子だけが助かっていたら自分を責めて自殺するんじゃないかという思いもありました。子供たちが見つかった時と一緒に見つかったので、最後まで子供を守ったんだなあ、と思いました。そういう意味ではよかったです。子供が大好きで、最後も子供と一緒でしたから。」

こんなご両親だから、あんな真面目で一生懸命な子供に育ったんだろう。そう素直に感じました。悲しいはずなのに。最後まで自分の息子ではなく、他の人や学校の子供のことを気にかけていました。

2月に行った、前任校の用務員さんの退職を祝う会で、彼は幹事をしてくれました。その時の写真をみんなに送る準備をしていて、震災のために送れなかった封書をご両親から受取りました。彼の文字、彼の文章。

「皆さんのおかげで素晴らしい会になりました。大変遅くなりましたが、写真をお送りいたします。どうもすみませんでした。」

彼らしい、周囲に気配りをする文章です。

 

そのあと、少し離れた葬祭場に遺体が安置されているというので会いに行きました。そこには震災で亡くなった方がたくさんいました。

損傷が激しいためか、ほんの少しだけ顔が見える状態で安置されていました。顔には泥がついていました。少し斜めになった彼の顔を見ながら

「よく最後まで頑張ったね。子供を守ったんだね。」

「こんだけ頑張ったんだから、打ち上げだ。いつもの店に行くぞ。飲み明かすぞ。」

と、声をかけました。

動かない彼の顔。

当たり前なのに涙があふれ、あふれ。

人はこんなときにどうするんだろう。

大切な人を失ったときにどうすればいいんだろう。

自分は何をすればいいんだろう。

 

彼にはいつも刺激を受けてきました。

いつも一生懸命で

いつも穏やかで

いつも子供のことを考えて

そんな彼が大好きでした。

きっといい先生になっていくんだろう。

そう見守ってきました。

  

神様はどうして彼を選んだんだろう。

27歳というあまりにも早い人生でした。

彼のやってきたこと

彼が思い描いてきたこと

たぶん、教師の中では一番近くにいた自分が

それを受け継いで伝えていく。

それしか自分にはできないだろう。

 

芳樹の冥福を心から祈ります。

天国で子供を集めて、いい授業をしてくれ。 

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