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2009年12月 1日 (火)

あの戦争は歴史になっているのか

6年生の社会科。第2次世界大戦の単元です。

前に書いたように「焼き場に立つ少年」の写真を導入にして、当時の人々の生活について学習しています。その際に、戦争体験者の聞きとりを宿題にしていました。当時何歳だったか、食べ物は、衣服は、学校での生活は、当時の夢は、などを聞いてくるものです。子供たちのおじいさん・おばあさんの年代でも戦後生まれが多くなってきていますから、どうかなと思いましたが、8割の子供が調べてきました。先週はそれを屋台形式で発表して、交流。今日はビデオや資料から調べました。

子供たちは戦争の悲惨さ、苦しさを知り、平和の大切さに改めて気付いたようでした。

で、このあとなのですが…。

今になっても、どうしたらいいか迷っています。

何を学んでほしいのか、自分が何を教えたいのか、はっきりさせられません。

戦争の悲惨さはわかります。しかし、単純な戦争反対にはさせたくないです。

というのも、いまだに世界中のどこかで戦争が行われている事実。誰もが戦争を望んでいるはずもないのになくならない。それはなぜか。主義・主張の対立からです。

2次大戦だって、日本は敗戦国だから一方的に裁かれました。でも、それって本当に正しかったことなのでしょうか。東京裁判では、判事はすべて戦勝国から。それで公正に裁かれたと言えるのか。

実際のところ、インドのパール判事は日本の無罪を主張しました。

日本が植民地にした国は確かに苦痛を味わった。しかし、インフラ整備を日本が行ったことで生活がよくなった事実もある。

現在の世界はアメリカ主導で動いています。アメリカでは、原爆投下すら正当化する世論が強いです。しかし、被爆者の実態をしったアメリカ人は本当にひどいことをしたということに苛まれている人もいるのです。

事実がすべて明らかに世界に伝わっているのか?

戦争体験者がまだ生きていて、事実がすべて検証されていない今、「あの戦争は歴史になっていないんじゃないか。」そんな思いがあります。

教科書にあることを教えるたって、検定で中国や韓国に批判されないような内容にしているのでは、果たして確かなものなのか。

悩んでいます。

結局のところ、政府や教科書作成者や私というフィルターを通した史実しかない戦争学習になってしまいそうです。

わからん、わからん…。

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コメント

以前読んだ本の中で、
「平和」と「安全」は違うという話がされていました。

日本が戦争にまきこまれない状態を「安全」という。
世界中で争いが起こっていない状態を「平和」という。
「安全」より「平和」は、だから難しいと。

「平和」は、自分たちが望むだけでなく、他の国にも呼びかけていかなければならないものですね。
そういった気持ちを持っていくことが、一歩目なのかもしれませんね。

投稿: 閲覧者 | 2009年12月 8日 (火) 06時58分

閲覧者さん、コメントありがとうございます。
おっしゃる通り確かに、「安全」と「平和」は違いますね。そして「平和」は難しい。本当の意味での平和教育とは、国際理解の上に立っていなければならないと思います。小学校段階でどの程度できるのか、思案しているところです。また、コメントしてください。

投稿: JJ | 2009年12月 8日 (火) 20時45分

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