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2008年9月

2008年9月30日 (火)

子供を殺す親たち

立て続けに、いやな事件が起きています。母親が子供を殺す。2件続きました。

どちらにも共通しているのは、「子供の将来を悲観して」というものです。

これについては、野中先生も記事にしています。こちら

子どもと自分が同化し、子供への批判が自分への批判のように感じてしまう。子供の生活が自分の生活であるかのように錯覚してしまう。子供の将来が自分の将来であるかのように思いこんでしまう。

今時の親にありがちなのは、子供を「親のもの」と思ってしまうこと。だから、幼児に自分が好きなファッションをさせる。頭を染める。自分の生活につき合わせ、夜も平気で連れ歩く。子供のトラブルに対し、解決策を子供に教えるのでなく、自分で解決しようとする。

子供は親のもの?いいえ、違います。

子供は社会のものです。

育てて、社会に帰すのです。だから、しつけが必要なのです。社会で生活していくために必要なスキルを身につけさせるのです。親は、社会の一員として通用するような人間に育てる義務があるのです。

将来を悲観して、命を絶つ?冗談じゃない。子供は親と全く別な人格です。信頼していた母親に命を絶たれた子供の気持ちを考えると、筆舌に尽くしがたい憤りを感じます。

子供の人生は親のものじゃありません。早く気がついてほしいです。

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2008年9月29日 (月)

第7回東北青年塾開催

え~遅くなりましたが、第7回東北青年塾のご案内です。残念ながら、私は学校の行事(5年生の蔵王合宿)と重なってしまいましたので参加できません。今回の目玉は、秋田の石井先生の講座です。

「国語の授業づくり」「学級通信づくり」において東北地方で屈指の実力派!石井淳氏(秋田県公立小学校教師)をお迎えして、第7回東北青年塾を開催いたします!

という、頭書きにそそられますねえ。内容は…。

 (1)音読指導
 (2)読解指導
 (3)歌唱指導
 (4)作文指導
以上のジャンルで実技を通して,教師の指導力向上や授業成立には必須であると考えている教師自身の表現力アップに役立つ実践を紹介していただきます。
「音読・朗読・群読の授業づくり」「やる気と集中力を持続させる国語の授業ミニネタ&コツ101」「超簡単!デジカメでつくる学級通信」などの著書がある石井淳氏。石井氏が追求されてきた子どもと共に創る「授業づくり」「学級づくり」についてじっくり考えてみませんか。

ですよ。いいなあ。おもしろそう。

私の代わりにぜひ参加してくださいよ。みなさん。

詳しくはこちら

ああ残念。

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2008年9月24日 (水)

他の人の授業を見ると…。

最近、6年の社会科も担任の先生にやってもらっています。授業プランは相談の上で。授業プランは、ほとんど私の意向を取り入れてもらってますが、いざ授業になるとやはり担任さんのカラーが出ます。

それを見ていると、

「おっ、なるほど。こういう聞き方もあるか。」「こんな言い方、いいなあ。」と思ったりします。その辺はふだんの授業でのやり取りが垣間見える感じで、クラスの子どもとの「あ・うん」の呼吸を感じます。

逆に、「あ、そういう反応だったら、こういって注目させれば…。」と思うこともあります。

やっぱり、「技術と人はワンセット。」その人の考え方が端々ににじみ出るのですね。

きっと、自分が授業をしている時も見ている人はこんなことを感じるのだろうなあと思いました。自分では、「よしよし、いいぞ。」と思っていても、周りで見ている人はそういう見方ではないのかもしれません。

この方式を始めてから、担任さんの授業も自分の授業もすごく洗練されてきたように思います。

人に授業を見せる、見てもらう、ということに抵抗感がある人はすごく多いだろうと思いますが、そういう意味で6年生の担任さん達には感謝しています。とても前向きな人たちです。

さて、明日はその先生方と一緒に修学旅行です。子供たちにいろいろな「問い」を投げかけて、学びを深めてきたいと思います。

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2008年9月22日 (月)

先生、トイレ!

今日は2年生の補欠に行った時の話。

去年からよく補欠に行っているクラスなので、子供たちもなじんでいます。

課題は書写ノートのカタカナの書き取りでした。名前をまず書かせ、机間指導しながら「あ、いいねえ。この“あ”の形がいいです。」「すごいねえ、漢字で書いてるんだ。」などと言いながら丸をつけました。ここで、俄然意欲が増しました。みんな丁寧に書いていました。

帰りの会になって、ある子が「先生、トイレ!」と叫びました。「先生は、トイレではありませんよー。」と言ったら…。

普通は「トイレに行かせてください。」とか言うんですが、

「先生、おれトイレ!」と言いました。予想外のリアクションにみんな爆笑!もちろん、私も爆笑。

そしたら、他の子も「おれ、トイレ!」と言って、トイレに行ってました。ははは。

どうっすか?かつのりさん?

 

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2008年9月21日 (日)

あの戦争は終わっていない

今夜TVで「男たちの大和」が放映されていますね。8月ごろはいつも戦争をテーマにしたドラマやドキュメンタリーが放送されます。こういった戦争の番組をうちの母親はほとんど見ています。

私の母親は2次大戦中に青春時代を過ごしていました。戦争体験者です。自分自身も空襲を経験したり、身の回りの人が亡くなったり。私は子供のころから、そんな話を聞かされていました。たぶん戦争に関する最初の知識は母親によるものであったと思います。

TVの番組を見ながら当時を思い出し、涙する姿を何度も見てきました。「あの頃は生きたくても生きられなかった人がたくさんいる…。」と口癖のように言います。

歴史の学習では、当然あの戦争についても学びます。

しかし、いつも思うのは「あの戦争は歴史になったんだろうか。」ということです。今の世界情勢、国同士の枠組みの始まりは戦後処理からです。国連しかり、日米、日中、日韓関係しかり。いまだに当時のことを引きずっている。2次大戦についての歴史的な見解も分かれている。戦争体験者もまだ存命である。戦争裁判も見直されている。

あの戦争は終わっちゃいない。

何を教えればいいんだろう。事実を教える?教科書が事実?それはわかりません。断片的な事実でしかないです。特に、いろいろな政治的な意図が絡んでいる部分ですから、本当のことはだれにも分かりません。

戦争の悲惨さ、愚かさを伝えるだけでは十分ではないと考えます。世界中の人々が戦争はしたくないと思っているはずです。なのに、世界中のあちこちでいまだに戦争が起きている。2次大戦後、戦争・内戦に加わっていない国は世界中でわずかに6カ国。この事実をどう説明しますか?

このことは、社会科を教える教師の一人としての私の永遠のテーマです。

 

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2008年9月18日 (木)

めりはり

最近の授業の構成。

まず、ウォーミングアップ。「世界の国々を覚えようチャレンジ」「歴史人物カルタ」「復習フラッシュ」「5問テスト」のうちから、一つか二つ。これを5~10分程度。

次に本時内容その1。学習問題の提示して、それに対する自分の考えを整理・教科書や資料集で調べ解決。これを15分~20分。ここには、ペア学習や合法的立ち歩きで意見の交流を入れる。例えば「鎖国はどのように行われたのか。」という学習問題の提示の後に教科書の音読・出来事を調べる。全体の場で発表しながらまとめる。

ここで、本時内容に関する歴史小話・豆知識・クイズなど。これを5分程度。例えば、キリシタンはどのような扱いを受けたのか。宣教師の慰霊碑が仙台にあること、などなど。

次に本時内容その2。同じように学習問題の提示と解決。これを10~15分。「例えば、家光はどのような思いで鎖国を進めたのか。」自分の考えを書いて、意見の交流。発表して、考えを検討する。

石川さんをはじめ、多くの人が提唱しているパーツ型を意識したものです。

青年塾で晋さんの話を聞いたときは、国語や算数などの用具系教科では取り入れやすいけど、理科・社会のような内容系教科では難しいと思ってました。でも、何とかならんかなあと思ってたどり着いたのが現在の形。

めり(ゆるい)→はり(緊張)→めり→はりのサイクルをたどります。

もちろん改良の余地はあります。まあ、子供たちの実態に合わせて今現在考えうる最良の形ではないかと思っています。

「学び合い」の導入も考えてはいますが、とりあえず部分的に「学び合いの考え方」を当てはめています。

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2008年9月17日 (水)

ははは、46

実は今日誕生日なんですわ。46歳になっちまいました。

子供のころは46歳の自分なんて全然イメージできませんでした。もっともそんなに想像力なかったからね。

中身は、30歳ぐらいから止まってる感じがします。人間としても教師としての中身も。成長しようと努力はしてきたつもりですけどね。

昔からよく覚えている言葉に「現状維持は後退を意味する。進化をつづけていくことが現状維持になる。」というのがあります。

ん~後退しているかもなあ。

あ、「大きくジャンプするには、深くためないと。」という言葉もあります。深くためている時期なのだと、自分に言い聞かせることにします。

 

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2008年9月16日 (火)

合宿にいってきました

先週末、金・土と4年生の志津川合宿の引率に行ってきました。

今の4年生は水泳や国語・算数の活用力アップの授業にも行っているし、教えた子の弟や妹がいるので、よく知っています。

担任の先生の指導がよく、あいさつや返事、集いでの態度、活動の様子も立派です。私は特別気をつかうこともなく、子供たちとの活動を楽しみました。いいですねえ。

宿泊活動は集団生活を学ぶ貴重な機会です。自分勝手は許されません。ところどころに班活動でのもめごとも見られましたが、そこが大事。自分たちで解決していくところに意義があるわけです。

と、同時に日ごろの家庭での生活の様子も垣間見えます。ご飯の食べ方、ふろの入り方、料理の仕方、ふとんの敷き方…。こういった基本的なことができている子供は、不思議と協調性が高い。家庭でのしつけ、大事ですねえ。

合宿の次の日に、妻の故郷である八戸市に行ってきました。2年ぶりです。久しぶりにお墓参りや親戚宅に行ったりしました。妻は○年ぶりに親友に再会し旧交を温めていました。

八戸は何度も(50回以上は行っている)のですが、今回は2年ぶりだったので道路も店もすっかり変わっていてびっくり。少し迷ってしまいました。カーナビのディスクが古いので、山の中の道路のないところを走っているように表示されたりして、子供たちと笑ってました。

来週は6年生の修学旅行の引率で、その次は5年生の蔵王合宿の引率です。大変だあ。

今日は、合宿で休日出勤だったのでその代休。時計のベルトが壊れたので交換しに行ったら、そこの店員さん(若い男性)の声が赤坂(真二)さんにすんごく似ていたので、心の中で笑ってました。ははは。

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2008年9月11日 (木)

脳内がぐちゃぐちゃ

ここ数日、自分の社会授業の型について試行錯誤しています。原点に立ち返って、再構築しようともがいています。

というのも、この歳になってすっきりできないのです、授業が。日々もやもや。日々反省。

自分の脳内整理開始。

マインドマップでキーワードを並べて、どうつなげるのか?どう組み立てられるのか?必勝パターンは?

もう脳みそがぐちゃぐちゃです。

キーワードの中心は「社会的な見方・考え方」

周辺には、

ネタ・追究・資料・読み取り・はてな・技能・興味・学習問題

提案する・シュミレーション・討論・フォーマット・WHICHの論題・指名なし・介入

教科書・音読・最低限の知識・プリント・本文読み・見出し読み

ライトな・TVフォーマット・シンプル・ゲーム・クイズ・AorB・ピンブー

全員成立・学び合い・めあて・活動・説明・人間関係・グルーピング・ペア学習・立ち歩き

屋台式・見開き2ページ・付箋・ロールプレイ

ミニネタ・フラッシュ・地図・県名・国名・年号

…(まだまだもっと続く)

今までいろんなことを考えてきたなあ。

これをつなげて…。

でも、何か足りない気がする。と思っていたら、TVでNHKの「その時歴史が動いた」がやってました。終戦時のことがテーマでした。昭和天皇の言葉、講和条約に臨む全権大使の言葉…。

あっ!忘れていた!

「人々の心」

最近、歴史学的な教材研究ばかり考えていましたが、忘れていました。その時代を生きた人々の心、を。

以前に、「歴史はドラマティック」と書きました。自分が興味関心を持つきっかけになったのも、その時代を生きた人の生きざまです。感情です。

ここだ。

キーワードに追加。「人々の心」。

まだぐちゃぐちゃですが、自分のスタンダードな授業の型を明らかにしていこうと思います。

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2008年9月 8日 (月)

見えないものを見えるようにさせること

「見えないものを見えるようにさせること」とは、とあるセミナーでの有田和正先生の言葉です。

日頃何となく見ているものでも、本質を知っているわけではない。「見方」を教えられて初めて知ることができる。有田先生は、「見えるように」するものとして「ネタ」を使っています。

でも、何も「ネタ」でなくともいいわけです。私はちょっとした教師の投げかけで「見えなかったものが見えるようになる。」という経験を数多くしています。これは私だけでなく、他の先生方も経験していると思います。

社会科に限ったことでもありません。国語でも算数でも同様のことがあります。「見方」を教えられて「あ!そうか!」と気づくこと。

この「納得感」というか、今はやりで言うと「アハ体験」があると、子供自身の授業の充実感が変わってきます。

カミングアウトしますが、6年生の社会では今江戸幕府の政策について学習しています。(1カ月ほど遅れていますね。)

「参勤交代で大名は困るんですよ。」
「なんで?」
「遠くまで行くということは、今でいう旅行と同じでしょ。ということは…。」
「お金がかかる!」
「何でお金を使うの?」
「交通費?」「でも、歩きだから…。」「あ、食費。」「あと宿泊費。」
「江戸にしばらくいるんだよ。」
「あ、そこでもかかる!」

ここで、費用が藩の年間の費用の半分以上を使うことを調べて確認して…。
「こんなにお金を使ったらどうなる?あることにお金をかけられなくなります。」
「藩の人の食費?」「ご恩?」
「これがないと戦えない。」
「武器を買ったりするお金!」「あ、大名の力が弱くなる!」

と、やりとりを続けながら政策の意味に気付かせていくわけです。

ペアでの話し合いやグループでの話し合いも有効ですが、なかなかうまくいかない場合もあります。机間指導もしますし、助言もしますが、時間も限られています。ほんと社会は時間が少ないです。資料を見ただけで気付けば何も苦労はしないのですが、残念ながらそういう子供たちばかりではないので、こうやって指摘しながら気付けばいいかなと思います。

納得すること、自分の中ですとんと落ちること、ここに今は力を入れています。

 

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2008年9月 7日 (日)

世界一美しいぼくの村

金曜日に、全校研究の事前検がありました。毎年恒例の、宮城教育大学の相澤秀夫先生をお招きしての研修会です。うちの学校では、事前検は模擬授業形式で行うのが通例となっています。今回は、宮教大の大学院生5名のみなさんも参加されました。

4年生の国語の授業でした。「世界一美しいぼくの村」という教材です。アフガニスタンのとある村に住むヤモという少年のお話です。村の様子、家族を思う気持ち、美しい自然が描かれています。(絵本も出ています。)

最後の一文が問題です。

「その年の冬、村は戦争ではかいされ、今はもうありません。」

さて、ここの一文から授業をどう組み立てるのか。そこが今回の中心になりました。

いろいろな発問が出されました。

「戦争によってはかいされたものはなんですか。」

「はかいされなかったものはなんですか。」

「ヤモたちはこの後、どうなったと思いますか。」

この発問の①内容、②構成を検討するのです。

私は、この衝撃的な内容を、子供たちが前向きに受け止められるようにする必要があると考えました。出した意見は

「戦争ではかいされたものは何ですか。」という発問から、物質的なものの中から、「生活」「希望」などの精神的なものに着目させたうえで、「本当になくなってしまったのだろうか。」とゆさぶってから、「戦争がはかいできなかったものは何ですか。」という発問をしたいと考えました。

戦争が破壊できなかったもの、それは「家族を愛する気持ち」「村を愛する気持ち」「村の人々への思いやり」「はかいされても強く生きていこうとする願い」なのかなあと思いました。

短い時間での検討会でしたが、いろいろなことを考えさせられる教材でした。

 

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2008年9月 4日 (木)

中学校へ向けて

今日も社会科の話です。

うちの子供の話で恐縮ですが、うちの娘(中3)は社会科が苦手です。やはり、用語の多さ・難しさ、(知識としての)内容の多さに辟易しているようです。

で、今教えている6年生には、人物や用語は「漢字で書くようにね。今のうちに頑張っておくと中学校で楽だからね。」と話しています。

今は最低限の知識は、授業の初めのフラッシュや人物カルタ、単元ごとの自作プリントで定着を図っています。なので、市販のテストでの正答率は高いです。(でも、もちろん授業で狙っているのはそれだけではありませんが。)

次は、年号を覚えることに取り組もうと思っています。たとえば平城京遷都、平安京遷都、それぞれの幕府成立など、時代の区切りの年号ぐらいは覚えておいた方が、今後役に立つでしょう。

みなさんも「いいくに(1192)つくろう鎌倉幕府」は覚えているでしょう?(現在は、1185年成立が有力のようですが。)子供達にはおおまかな年代感覚はつけておいてほしいです。

 

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2008年9月 3日 (水)

全員がずっと参加できているか?

昨日6年生の2クラスを見ていて思ったこと。

「全員がずっと授業に参加できているか?」ということです。

誤解のないように言うと、何も担任の先生の力量うんぬんではなくて、というレベルでの話。何しろ、昨日は自分が立てたプランでやってもらったので。

自分が授業をしているときには見えなかったのです。子供たちをずっと観察していると、やっぱり集中できていない子供が見えました。

これ、たぶん私が授業をしている時もそうだったんだろうなあ。一部の発言をする子供の動向に目を奪われて、他の子の参加状況に気が回ってなかった。

そこで、今日は常に参加状況に気を配って授業しました。

発問する。反応は?子供たちが書く。全員書いている?読む。みんな聞いている?子供が説明する。みんな聞いてる?逐一確認しながら進めました。

そして反省。ああ、これまで全員がずっと参加しているつもりだったことはマボロシなんだなあ。

明日もここの点に気をつけて、授業をしようと思います。

まずは、提示するもの。ネタ。

次は、必然的に参加せざるを得ない活動を仕組む。

この2点に自分が集中しようと思います。

 

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2008年9月 2日 (火)

で、きのうのつづき

昨日の話の続きです。

今日、6年生の2クラスで社会の授業がありました。わたしのプランニングによるものです。

いやあ、おもしろいですね。同じ流れなんですが、ほんの少しの教師の投げかけで結果が変わってきます。実態が違うのもありますが、討論の段階での介入で意見の出方が全然違いました。

片方のクラスでは、討論の目的を示したことが大きな要因です。何を目的に話し合うのかが子供に示されないと、意見を出すモチベーションが違います。

あとは、経験の差ですね。実は進度の関係から、片方のクラスでは1学期の討論を少し多く行ってました。そちらのクラスは意見が活発に出ました。ん~入門期の扱いも重要だなあ。

ちょっと具体的に書けないのは、進度が遅れていてみなさんに公表するのは恥ずかしいからです。ははは。そのうちに標準的な進度に追いついたら、具体的に授業内容を書きます。(言い訳。)まったく、何年経っても進歩がないなあ。>私。

 

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2008年9月 1日 (月)

自分のアイディアで人にやってもらう

6年生の社会科を教えている私。専科制を少しずつ進めたいという校長先生のビジョンと私の希望が一致して行われているものです。もう一つの理由があります。それは市内の教研の社会科部会の一斉授業研究会の授業提供校になっているからです。校長先生の若手を育てたい、という願いのもと私が授業について少しアドバイスする、という目的です。

1学期はほとんど私が授業しましたが、2学期からは担任の先生にも授業をしてもらいます。授業のプランは、私が立てて協議しながら決めていきます。授業の一貫したコンセプトは「話す」です。「討論」「対話」「情報交換」といったことを随時取り入れていきます。

さて、明日は討論の1回目。「どれが一番~だと思うか。」ということについて、まずは自分の考えを書き、情報交換をし、討論します。教師も介入しながら、整理し価値に気付かせていく、という流れです。

自分の授業プランで人が授業をするという初めての経験です。楽しみ楽しみ。

 

今日ちょっと気になった一言。ラジオ番組で救急車にかける予算が足りなくなった自治体があって、それについてアナウンサーが「これは、国がなんとかしないと。国民を代表して訴えます。」と言ったのです。

国民を代表して?そりゃ違うだろ。それは、「あなた」の考えであって国民を代表しているわけじゃない。

どうも、マスコミの人は自分が正義で人を裁ける気になっているような…。こわいなあ。マスコミは事実を正確に伝えるだけにしてほしい。

 

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